復元のあゆみ
平戸和蘭商館復元計画とは
平戸和蘭商館復元の基本的考え方
平戸オランダ商館は、1609年より1641年までの33年間存続し、その景観も初期と末期では大きく異なります。復元は最も資料の豊富な破壊直前の1640年10月時点とし、公有化の理解を得ながらその完成復元を目標に努力するものとします。完全復元をめざすとなれば、1640年当時のように商館と市街地が石塀により明確に分けられることになります。また、完全に近い復元のためには、史跡地の公有化と共に中央部を走る県道田の浦・平戸港線が問題となり、迂回路を設ける必要があります。本計画は建物や構造物の復元のみを目指すものではなく、展示など建物等の活用を図るソフトウェア部分がより重要です。平戸時代には比較的自由な交流が行われていたことは事実であり、それをより多くの人々に知ってもらい、当時の国際交流の実態を体感する施設となる事を目指し、現在における交流の機能も必要です。
復元されたオランダ商館は、「史とロマンの島」平戸のシンボルとして位置づけるべきであり、さらには「歴史を生かしたまちづくり」を進めるうえで重要な役割を果たすことになります。
すなわち「オランダ商館を中心としたまちづくり」を目指さねばなりません。そのためには「海外交流館建設」・「第9次平戸港湾設備計画」など主要プロジェクトとの調整をはかり、様々なソフト展開を図れるよう人的体制を整備しなければなりません。17世紀前半のアジアとヨーロッパの交流において平戸商館の果たした役割は大きく、その復元は当時の機能の一部を現代社会において復活させようとすものなのです。
つまりは、復元された平戸オランダ商館は生活感のあるバーチャルな空間づくりを目指すものであり、17世紀前半においてはそれが現実のものだったのです。
短期復元整備計画
- 石垣、オランダ井戸など現存遺構や発掘調査で検出された遺構の保存整備と一部復元を行なう
◇山側石垣の顕在化
◇オランダ井戸周辺整備
- 1639年築造倉庫を復元する
◇復元建物は、1639年築造倉庫
- 建物周辺は、発掘成果や歴史史料から読み取れる環境整備を行なう
◇1637年建造倉庫跡と推定される部分の遺構表示。
- 商館の移転後の江戸時代の遺構については、保存を基本とする
◇御船手屋敷時代の石塀については、保存整備を行う。
- 解説版、展示施設の整備を図る
- 斜面緑地を通る遊歩道を整備し、史跡地内の回遊性を作り出す
◇1639年建造倉庫から果樹園への回遊を生み出す北側斜面部分の遊歩道の整備。
- 観覧者駐車場と散策ルートの設定
◇観覧者の駐車場は平成12年に整備した平戸港交流広場とし、観覧者にはここを拠点に散策してもらうようにする。
◇ 平成16年8月に商館跡から続く町並み一帯が、「平戸城下旧町地区」として、長崎県美しいまちづくり重点支援地区の認定を受けた。今後、町並みの整備、道路の美装化、電線地中化、小広場の整備などが進む。中でも、交流広場・松浦史料博物館・商館で囲まれた地区は重点的に整備が進む予定であり、商館までの魅力的な散策ルートの設定が可能である。
1639年倉庫の復元に併せて、周辺の整備計画も進めています。
平戸オランダ商館跡界隈は、国の史跡として指定されており、大変貴重な遺構も残されています。